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横浜地方裁判所 昭和32年(行)13号 判決

原告 小沢忠次郎

被告 神奈川県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が別紙第一目録記載の各土地について、買収期日を昭和二二年七月二日と定めてなした買収処分は無効であることを確認する。被告が別紙第一目録記載(一)(二)(四)の各土地について、訴外小金井市五郎を売渡の相手方とし、同(三)の土地について訴外渡辺喜兵衛を売渡の相手方とし、売渡期日をいずれも前同日と定めてなした売渡処分は、無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、請求の原因として

「一、原告は前記各土地を所有しているものであるが、被告はこれらの土地が旧自作農創設特別措置法(以下たんに自創法という)第三条第一項第一号に該当するものとして、請求の趣旨記載の買収並びに売渡処分をした。

二、しかし、右各行政処分には、つぎのような、重大かつ明白な瑕疵があり、効力がない。

(一)  本件買収売渡処分は川崎市川崎地区農地委員会が昭和二二年六月一〇日立案した買収計画に基づいてなされたものであるが、その際同委員会は自創法第六条第五項所定の買収計画の公告をしていない。それ故、買収計画は効力を生ぜず、この計画にもとずく買収処分は無効で、売渡処分も無効である。

(二)本件各土地は相隣接して一団となつているが、当時第一目録(一)(二)の土地の一部約五〇坪が陸地となつているほかは、大部分水没地で、甚だしい所は水深四尺にも達していたし、右陸地の部分も大雨が降る毎に冠水し、地目は公簿上畑となつてはいたが、農耕に適しない土地で、現実にも農地ではなかつた。すなわち、本件買収、売渡処分は農地でない土地を農地として処分した違法があり、無効である。

(三)  仮りに、これを農地であるとしても、小作地ではなかつた。原告は昭和一四年九月本件土地を工場建設の目的で買受けたもので、何人にも小作させたことはなく、耕作をしていた者があつたとすれば、原告に無断でしていたものにすぎない。本件の買収処分は小作地でない土地を小作地として買収した違法があり、無効で、これを前提とする売渡処分も無効である。

(四)  本件の各土地は国鉄品鶴線に沿い、終戦前から工場地帯に属し、工場の敷地として恰好な土地であつた。それ故、仮りにこれを農地としても、自創法第五条第五号にいう、「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」に該当し、農地委員会は買収除外の指定をするのが当然であつた。それ故、これをなさずに行つた買収は違法で、売渡処分とともに無効である。

(五)  自創法第三条によつて買収した農地は、買収時に当該農地につき耕作の業務を営む小作農、または、自創農として農業に精進する見込のある者に売渡すべきものであるが、本件各土地の売渡をうけた訴外小金井市五郎、渡辺喜兵衛はそのいづれにもあたらないから、本件売渡処分は違法で、無効である。

(六)  なお本件各土地はその後地目変更、分筆、合筆等の結果、現在第二目録記載のとおりとなつた。

三、さらに、本件買収計画書と買収令書にはたんに自創法第三条とのみ表示し、同条の何項何号により土地を買収するかを示していない。これは根拠法規をきめないでなした行政処分ともみられ、買収処分は効力を生じないし、売渡処分も無効である。

四、よつて、本件買収、売渡処分の無効確認を求めるため、本訴に及んだ。」

と述べ、被告の答弁事実を否認した。

被告訴訟代理人は、本案前の答弁として、

「一、本訴は行政庁である被告を相手方として提起されるべきものではないし、仮りにそうでないとしても、現在の土地所有者をも共同被告としない限り、訴を起す利益がない。

二、本件買収処分が有効であるとすると、原告はこれによつて所有権を失つたわけになり、その後の売渡処分については何等の利害関係がない。それ故、売渡処分のみの違法を主張して、その無効確認を求める部分の訴は不適法である。」

と述べ、次に、本案については、主文同旨の判決を求め、

「三、請求原因第一項の事実のうち、被告が原告主張の買収、売渡処分をしたこと、右買収当時原告が別紙第一目録記載の各土地を所有していたことは認める。右買収処分は、川崎地区農地委員会が自創法第三条第一項第一号により昭和二二年六月一〇日決定し、同月一六日より二五日まで縦覧に供した買収計画にもとずき、同年七月二日を買収期日と定め、以後正規の手続を経てなされたものである。

請求原因第二項の

(一)の事実のうち、右川崎地区農地委員会が原告主張の公告をしていない、との点は否認する。同委員会は前記のように買収計画を定めた上、昭和二二年六月一五日川崎市今井西町一、〇四八番地神奈川県多摩川右岸水利改良事務所内の同委員会事務所入口にその旨を掲示し、公告をした。

(二)の事実中、大部分が水没地で農耕適地でなく、農地でなかつたとの点を否認する。本件各土地は幾分低湿の地であつたが、農耕に適していたし、その現況は、公簿上の地目が示すとおりの農地であつた。

(三)の事実のうち、原告が本件各土地をその主張の頃買受けたことは認めるが、買受の目的は知らない。その他は否認する。すなわち、別紙第一目録(一)(二)(四)の各土地は訴外小金井市五郎が、同(三)の土地は訴外芹田市太郎、細野力蔵、内田源太郎が正当な権限にもとずいて小作していたものである。仮りに、同人等と原告との間に、右小作につき特に明示の契約をした事実がないとしても、原告は他人が耕作している事実を知りながら、長期間にわたり何の禁止措置もとらずにこれを容認していたものであるから、当時本件土地の利用権を放棄し、暗黙の意思表示によつて同人等の耕作権を認めたものにほかならない。

(四)の事実は否認する。本件各土地付近の一部に当時工場があつたとしても、本件の土地は低地であつて、相当の埋立をしなければ、工場敷地とすることはできなかつたし、これに至る道路も十分整備されていなかつたから、当時の経済情勢よりすれば、これらを近く工場敷地として利用すべき必要はなかつた。

(五)の事実は否認する。

(六)の事実は知らない。

請求原因第三項のうち、本件の買収計画書と買収令書に適用法条の項号を示してない点は認めるが、その他は否認する。

四、仮りに、本件の買収処分に、手続上何らかの瑕疵があつたとしても、右は取消されるべき違法であるにとどまり、行政処分を当然無効とするほどのものではない。そして、この点の判定にあたつては、買収、売渡処分がなされたのは昭和二二年七月二日であつて、現在の土地所有名義人は前主の占有を承継し、以後一〇年の時効完成によつても所有権取得を主張できる関係にあること、及び、原告は昭和二九年一二月二三日本件各土地の買収対価を受領し、よつて、これらの土地について権利がないことを認めている事実を願慮しなければならない。

五、本件買収処分は自創法第三条第一項第一号にあたる不在地主の小作地としてなされたものであるが、仮りにに、これを小作地でないとしても、同条第五項第六号の農地にあたつており、買収計画書と買収令書にも同条によるとのみ表示され、項号の限定はないから、同号にもとずく買収処分として有効である。」

と答えた。

(証拠省略)

理由

一、まず、被告の本案前の抗弁について判断する。

(一)  本訴は行政庁である被告が自創法にもとずいてなした農地買収及び売渡処分を違法であるとして、その無効確認を求めるものであつて、違法な行政処分の取消、変更を求める、いわゆる抗告訴訟と本質を同じくするから、行政事件訴訟特例法第三条の趣旨に従いその行政処分をした行政庁を被告として訴を提起するのを妨げない、と解せられる。これに反する被告の主張は理由がない。被告はさらに、現在の土地所有名義人をも共同被告にしないで、たんに買収、売渡処分の無効確認のみを求めることは利益がなく、本訴は不適法である、と主張するが、行政処分の効力につき、行政庁との間に争いがあり、その効力の有無により、現在土地所有権が原告に帰属するか否かが直ちに明瞭となる本件のような場合、右行政処分の結果、現に権利を有するとせられている者を共同被告とすることなく、行政庁との間だけで行政処分の無効確認を求めても、これに利益がないとはいえないから、被告の主張は失当である。

(二)  もつとも、本件のような場合買収処分の効力の有無とは別に、売渡処分のみの無効確認のみを訴求するのは、特段の事情がない限り、旧所有者たる原告の法律上の地位に何等の利益を与えるものではないから、そのような訴は不適法として許されないものと認められる。しかし、本件はそのような訴を含むものではなく買収処分が無効であることを前提として、売渡処分の無効確認を併せて訴及するものであることは原告主張の請求原因全体からみて明かであり、一部の売渡処分のみに関する無効原因の主張は右の性質を変更するものではなく、その主張の当否に関係するにすぎないと認められる。

したがつて、本訴は右いづれの点でも適法である。

二、そこで、以下本案について判断する。

(一)  本件第一目録記載の各土地は従来原告の所有であつたところ、川崎地区農業委員会が昭和二二年六月一〇日これらを自創法第三条第一項第一号にあたる、いわゆる不在地主の小作地として、買収期日を同年七月二日とする買収計画を定め、被告県知事がこの計画にもとずいて買収処分をし、ついで、原告主張のような売渡処分をしたこと、および、右買収計画書と被告の発した買収令書に、適用法条を自創法第三条とのみ表示し、項号の区別を明かにしなかつたことは当事者間に争いがない。

(二)  原告は右買収計画書や買収令書に適用法条の項号が示されていないのは、根拠法規をきめないでなした行政処分であつて、無効である、というが本件の買収計画や買収処分が自創法第三条第一項第一号にもとずくものであることは他方で当事者間に争いがないところであつて、計画書や令書に示された適条の表示が不完全であつても、これがため根拠法規をきめないで行政処分をしたことになるわけがなく、ましてやこれが効力の発生を阻害するわけもない。

(三)  成立に争いがない甲第一三号証の一、二と証人宗沢千仭、同小林英男の各証言によれば、同年六月一六日頃被告主張の場所で自創法第六条第五項所定の本件買収計画を定めた旨の掲示がなされ、公告が行われた事実が明瞭である。これに反する事実を前提とする原告の主張は失当である。

(四)  証人小金井フキ、同芹田市太郎、同柏木重治の各証言によれば、本件(一)(二)(四)の各土地は昭和一四年頃より前記買収処分後の昭和三〇年頃まで引続いて訴外小金井市五郎が耕作していたものであつて、低湿地であるため、大雨が降るとよく冠水し、そのため、作物に被害をうけることはあつたが、大部分が常時水中に没していたということがなく、普通の畑に近い程度に陸稲、麦等の収穫を得ることができた事実を認めることができる。証人木村美津二郎原告本人の供述によつては右認定を覆えすに足りないし、他に右認定を左右できる資料はない。

つぎに証人芹田市太郎、同細野力蔵の各証言によれば、本件(三)の土地も訴外芹田市太郎、細野力蔵、内田貞蔵等により昭和一七、八年頃より前同様昭和三〇年頃まで引続き耕作されていたこと、ただし、この土地は前記(一)(二)(四)の土地よりさらに低地で、大雨の度毎に冠水し、被害の被害の程度も大きく、収穫高は皆無となることもあれば、豊年でも反当り米三俵程度にすぎなかつたことが認められる。

以上によれば、これらの土地は決してよい農地といえないことは明かであるが、当時農地でなかつたということができないのは勿論、将来にわたり排水その他の農地改良の余地がないとの事実も明かになつていない本件では、到底農耕不適地と断ずるわけにいかない。

すると、これらの土地が農耕不適地で、農地ではなかつた、という原告の主張は採用できない。

(五)  証人小金井フキ、同芹田市太郎、同細野力蔵同平田義男の各証言及び原告本人の供述によれば、前記訴外人等の耕作は、所有者の原告またはその管理人から何ら抗議をうけないで、終始平穏、公然と行われていたが、いづれも原告に無断でなしていたものであることが認められる。しかし、同人等の耕作が、右のように、相当の長期間にわたつているのに、所有者側から何の抗議もうけないで、平穏、公然となさていたことや、今次大戦の終了前後の数年間を通じ、国民の生命をささえる食糧の増産を急務中の急務とせられ、休閑地の利用を推奨されていた国内情勢などから考えると、原告またはその代理人が右情勢に順応し、訴外人等の耕作をやむを得ないものとして放任するにとどまらず暗黙のうちに、これを容認していたものと認めることも必ずしも不可能ではなく、原告の立証によつてはこれを覆えすことはできない。それ故、被告が訴外人等の耕作を権限にもとずくものとし、本件の土地を小作地と認定したのを捉えて、明白な事実の誤認がある、というのは行き過ぎであり、この点に、本件買収処分の瑕疵があるとしても、それは処分の取消を可能にするにとどまる微妙な問題に関する瑕疵であり、行政処分を当然無効とするほどのものでないと認められる。

これに反する原告の主張は採用しない。

(六)  成立に争いがない乙第二、三号証、甲第一五号証、証人木村美津二郎の証言及び原告本人尋問の結果によよれば、本件の各土地は相隣接し、当時水路を中に挾んだ幅一〇〇米位の帯状の農地の一角にあり、その外側には国鉄品鶴線が通じているし、日本電気株式会社、株式会社不二製作所、東京機械株式会社等の著名な工場が建設されていたこと、及び昭和三二年以来本件の土地は埋立てられて、同様な工場敷地となつていることが認められる。しかし、終戦後間もない買収処分当時において、我国の工業が最近の盛んな状態まで急速に復興発展すべきことは何人も容易に予測できないところであつたから、最近の事実状態から推して、当時すでに土地の使用目的を農業から工業へ変更することを相当とした、と速断することはできない。却つて、原告本人の供述によれば、原告は本件土地を将来工場の敷地にする目的で昭和一四年九月前記小金井市五郎外数名より買受けながら、本件買収後の昭和二六年頃まで何もせずに放置していたことが明かであつて、このことと証人白井常吉、同芹田市太郎の各証言をくみ合せてみれば、当時本件の土地に原告主張の買収除外の指定をなすべき特段の事情があつたとは到底認められない。

三、以上によれば、本件の買収処分に重大な瑕疵があり、無効であるとの原告の主張はすべて理由がなく、同処分は有効であると認めなければならない。

原告はさらに本件売渡処分が不適格者に売渡されたことを根拠に同処分が無効である、と主張するが、前にも述べたとおり、本件は買収処分の無効を前提とし、これとともに売渡処分の無効確認を求めるものと認めるから、売渡処分のみに関する無効原因の主張はそれ自体理由がないことに帰する。

四、よつて本件買収並びに売渡処分の無効確認を求める本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用につき民訴法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 森文治)

(別紙目録省略)

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